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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)7864号 判決

原告(二九名選定当事者) 舟川金弥

被告 トリオ工業株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

被告は原告に対して金三十九万八千八百四十四円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

第二請求の原因

一、原告及び別紙目録記載の者は、被告会社に従業員として雇われていたが、被告会社は昭和二十八年八月十八日何の予告もなく、原告ら全従業員を解雇した。

二、しかして労働基準法第二十条には、労働者を解雇しようとする場合において、三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならないと定められているから、原告は三十日分の平均賃金一万八千五百九十一円、別紙目録記載の従業員はそれぞれ同目録記載の各平均賃金三十日分の解雇予告手当の支給を直ちに被告からうけなければならないところ、被告はその支払を昭和二十八年十二月十五日にようやく完了した。

三、被告が右のように解雇予告手当の支払を遅滞したことは労働基準法第二十条違反であるから、原告は別紙目録記載の従業員の選定当事者となり、同法第百十四条によつて、被告に対して右解雇予告手当と同額の附加金合計金三十九万八千八百四十四円の支払を命ずるよう請求する。

第三被告の答弁

一、主文と同趣旨の判決を求める。

二、原告主張の請求原因事実中、原告及び別紙目録記載の者が被告会社に従業員として雇われていたこと、原告及び別紙目録記載の者の平均賃金三十日分が原告主張どおりであることは認めるが、以下の被告主張に反する事実は否認する。

三、原告主張の本件解雇は労働基準法第二十条所定の解雇ではない。被告会社は昭和二十八年八月十一日事業不振及び資金不足により、手形の不渡を招いて事業継続不可能となつたので、同月十八日従業員一同は被告会社の将来に希望を持たず、自ら退職手続及び退職による失業保険受領手続を完了したのであるから、従業員の一方的な退職であつて労働基準法第二十条所定の解雇ではない。

四、仮に労働基準法第二十条所定の解雇であつたとしても、解雇による予告手当の支給については、昭和二十八年九月二十二日原告ら従業員との間に、昭和二十八年十月三十一日及び同年十一月三十日の二回にわたり半額づつ支払う旨の協定ができたから、予告手当の即時支払を完了しなかつたとしても同条の違反はない。

五、仮に同条の違反があつたとしても、被告は原告ら従業員との間に昭和二十八年九月二十二日に(1)昭和二十八年八月分賃料残金及び出張手当は同年九月二十五日限り支払うこと(2)予告手当は同年十月三十一日、同年十一月三十日限り各半額宛支払うこと(3)退職金は同年十二月二十五日、同二十九年一月三十一日限り各半額宛支払うこと(4)紛失図面は同年十月三十日限り完成し持参すること、但し製作費用を金六万円とし被告負担とする(5)原告による会社所有資材処分金残金は同年九月二十五日限り清算する(6)紛失した研磨機は同年九月二十五日限り持参する(7)金三万円を原告側訴訟費用の援助として被告より支給することと協定し、解雇に伴う一切の紛争は和解により解決したので、原告は附加金支払請求権を放棄したのである。

六、仮に右主張が理由ないとしても、被告は本件口頭弁論終結前の昭和二十八年十二月十五日解雇予告手当金全額の支払を完了したから、本訴提起があつても附加金の支払を命ずべきものではない。けだし附加金の支払義務は、労働者の請求により裁判所が支払命令を発した時に生ずるものであるから、裁判所が支払を命ずる前に使用者が予告手当の全額を支払つた場合には、裁判所はもはや支払を命ずることができないと解すべきである。

七、仮に右主張が理由ないとしても、(1)解雇予告手当金の支払が遅延したのは、被告会社が事業不振、資金不足等により手形の不渡を招き、事業継続不可能となつたことに基因するものであり、(2)しかも解雇予告手当、賃料残分、出張旅費未整理分、退職金等の支払、紛失図面の作成、原告の処分した資材処分金の整理、紛失機械の返還訴訟費用の援助等につき、前記第五項のとおり協定が成立し、解雇に伴う一切の紛争が和解により解決し、(3)前項記載のとおり解雇予告手当金の支払を完了した経緯にかんがみて、裁判所は附加金の支払を命じないことが相当である。けだし附加金の支払命令が解雇予告手当の支払に関する労働基準法の規定に違反したことに対する民事的制裁の性質を有するとしても、前述の諸事情を考えると、被告に対し殊更右制裁を科する必要はないからである。

第四被告の答弁に対する原告の反対主張

一、被告は当事者間に和解が成立したとか、右和解によつて附加金の支払を免除したとかいうけれども、そのような和解は成立しなかつた。

二、被告は本件口頭弁論終結時迄に解雇予告手当が支払われているから附加金の支払義務が免責されたと主張するけれども使用者が賃金支払をしない場合に、労働基準法違反により科せられる罰金刑が判決言渡までに賃金が支払われたからといつて、刑罰権が消滅しないのと同じ理由で、附加金の支払は予告手当を支払わない即時解雇に対する一種の行政罰であるから、解雇の時を基準にして附加金支払を命ずべきか否かを判定しなければならないのである。

三、また被告は予告手当の支払遅延は事業不振によるというけれども、予告手当の支払をしないで解雇しなければならない程の非常事態ではなく、全く被告会社の無定見専断な経営方針に基因することが明白であり、その他原告主張に反する事実はすべて否認する。

第五証拠〈省略〉

理由

一、原告及び別紙目録記載の者は、被告会社に従業員として雇われていたこと、右従業員と被告会社との雇用関係は昭和二十八年八月十八日終了したこと、原告の平均賃金三十日分の金額は金一万八千五百九十円、同目録記載の従業員のそれはそれぞれ別紙目録記載のとおりであることは当事者間に争がない。

二、右雇用関係の終了が労働基準法第二十条第一項本文の適用せられる場合であるかどうかについて争があるのでこの点を考えてみよう。

まず被告は原告ら全従業員は一方的に退職したのであるから、本件は労働基準法第二十条の適用を受ける場合ではないと主張するのであるが証人山上吉之助、原告本人の各供述及び被告代表者実川喜一の供述の一部を綜合すれば、被告会社は製袋機械の製造販売を主たる業務とする株式会社であるが、資金操作の困難から昭和二十八年七月頃より従業員に対する賃金の遅払を生じていたところ、遂に同年八月十一日不渡手形を出したため、債権者によつて会社の資材を回収されたりしたので、従業員間に動揺を生じたこと、当時被告会社代表者たる実川社長は取引のため大阪に出張していたが、急ぎ帰京し、右のような状態では事業継続不可能と考え、八月十八日朝被告工場事務所において、従業員を集めて経営困難に陥つたので、従業員全員を解雇するとの意思表示をしたことが認められる。被告代表者実川喜一の供述中右認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

してみれば本件雇用関係は被告の右解雇の意思表示によつて終了したものといわねばならないから、労働基準法第二十条第一項本文の適用を受ける場合である。

三、ところが、被告は予告手当の支給につき、原告ら従業員との間に協定ができたから、予告手当の即時支払を完了しなかつたとしても、労働基準法第二十条に違反していないと主張する。しかし同条は使用者が労働者を解雇するに際し、三十日前に予告をしない時は三十日分以上の平均賃金を支給して、次の就職口をみつけるまでの余裕を与える趣旨で定められた強行規定と解せられるから、使用者は少くとも解雇と同時に予告手当を支払わない以上、たとえ従業員との間に予告手当の支払につき、協定をしても、労働基準法第二十条違反の責を免れるわけにはいかない。

よつて被告の右主張も採用の限りではない。

四、右のように被告は労働基準法第二十条に違反したから、同法第百十四条により附加金の支払を命ずべきか否かを検討しよう。被告は原告ら従業員との間に昭和二十八年九月二十二日に、予告手当の支給その他につき協定が成立し、解雇に伴う一切の紛争は和解により解決したので、原告は附加金支払請求権を放棄したと主張する。

しかして労働基準法第百十四条は、予告手当等の給付につき、使用者の履行を確実にさせるためと、使用者が右給付義務に違反した場合の制裁を労働者の利益に帰せしめるために設けられたものと解するを相当とするが、附加金の支払につき、労働者の請求にかからしめた趣旨に照して考えれば、労働者が自ら裁判所に対する附加金請求権を放棄した場合、裁判所は使用者に対し附加金の支払を命ずべきものではないといわねばならない。

成立に争のない乙第二ないし第四、第六号証並びに原告本人及び被告代表者実川喜一の供述を綜合すれば、昭和二十八年九月二十二日被告会社二階において、従業員らを代理した原告本人と被告代表者とが双方とも弁護士立合いの上、本件解雇に伴う一切の紛争を解決するため話し合つた結果、原告は被告会社の履行につき不安を持ちつつも結局被告主張どおりの協定が成立し、協定書(乙第二号証)を作成したことが認められる。原告は当事者間に附加金の支払については協定は成立しなかつたと主張し、それを裏ずけるような原告本人の供述もあるけれども、右供述は同人の他の供述部分と綜合して判断するときはたやすく信用できないし、同人の供述によつても附加金については特に留保する旨の協定もなく右協定の際に附加金の話は全然出なかつたことが認められ、しかも右協定には被告は原告に対して訴訟費用の援助として金三万円を支給することまで含まれている点などから考えて、附加金の支払だけについては協定を留保するが如きは通常の事態とは考えられず、この点につき首肯するに足る証拠の認められない本件においては、右協定を結ぶことによつて本件解雇に伴う一切の紛争は解決し、原告は暗黙のうちに裁判所に対する附加金支払命令の請求をしないこととしたものと認定するのが相当である。

五、以上のような次第で原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 千種達夫 綿引末男 高橋正憲)

(別紙目録省略)

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